左から中林栄、
冬木牧師、
森下兄、トミー
  
証し礼拝にて
中林 栄


教会奉仕に携わる
長男トミー


長男トミー待望の次男(6人目)が誕生。
2006年12月2日
聖義(きよし)・イライシャ


 
5人の子どもたちホームスクーリングの遠足にて。
     
2006年10月29日
聖日礼拝にて左からエリヤ先生、中林父、タマーの両親

中国にて
 −天国と地獄を見た男− 
     IJCC 献身者 
     中林義朗


「天国と地獄を見た男」と、当時、IJCCの主任牧師であった三橋先生が紹介して下さったのは、私がクリスチャンとして3度目の証しをした時であったと記憶しています。実際には、「この世の天国と地獄を体験し、あの世(天国)行きのチケット(永遠の命)を手に入れた男」と言う意味なのです。今週から冬木牧師の指導により、数週間に渡り神様が私と私の家族の上になさった御業(神業)をご紹介させて頂くこととなりました。不安の中にもがき苦しんでいた少年から、心身を神様に捧げる(献身者)までに変えられた、妻タマーの祈りによるイエス様との出会いとその過程をご紹介させて頂きます。
 

両親の愛の中で安心して育った幼少時

私は1963年に静岡県御殿場市に生まれ、富士山の麓(ふもと)で、自然と共に幼少期を過ごして参りました。その頃の光景が、今でも脳裏にカラーで鮮明に焼きついています。富士山は季節によってその大きさがまったく違って見えるのを御存知ですか? 冬には富士山に雪が積もり、普段よりも大きく見え、押し迫ってくるような勇敢さに圧倒されたかと思えば、夏には真っ黒な山が、ひきしまって小さく見えるのです。雨の前の日には決まって山頂に雨傘雲がさし、「明日は傘をもって学校に行きなさいよ!」などと両親に言われながら育って参りました。当時、両親の愛の中で私の心のラブタンク(*1)は常に満杯でした。何か特別に必要なものがあるというわけではなく、親の存在、親の愛の中に安心して生活できるという事が子供の発育にとても大切であると、いま自分の過去を振り返って確信いたします。これが我家(子供6人)を現在のホームスクーリング導入へと導いたきっかけとなったのです。

「不安」との戦いの始まり

 当時、両親の愛の中に平穏で幸せだった生活を変えたのは、母(享年42才)の病死でした。当時、10才であった私の心に産まれて初めて「不安」という恐怖が入り込んだ瞬間であったと記憶しています。それから26年間、イエス様と出会い、父なる神の存在を知り、1999年2月に洗礼を受けるまで、「不安」との戦いの人生であったと言っても過言ではありません。
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(*1)ラブタンク 自分と相手の愛情表現を知ることができる「診断テスト」が日英両語にて夫婦用、独身用で用意されています。夫婦関係、人間関係改善にお役立て頂ければ幸いです。興味のある方は冬木牧師又は中林までご相談ください。
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当時、飛ぶ鳥を落とす勢いで事業に成功していた父は母の死後、仕事と養育のバランスを悩み抜いた結果、私を横浜の伯母の家に預けることに決め、父は大阪に移り住み、実質親子の別居生活が始まったのです。伯母夫婦は私を実の息子(8才と10才年上の従兄弟)と同様、いやそれ以上に可愛がり大切に育てて下さいました。また、年上の2人の従兄弟も真の弟として愛し多くのことを教えて下さいました。こうして10才から18才の思春期を伯母の家で過ごすこととなったのです。その間、中高時代には横浜近郊の経営者の子息が多く通う、関東学院六浦(ミッションスクール)にて学ぶことができたことを親父に感謝しています。経営者としての資質を少しでも学んで欲しいと親父が選んだ学校で、田舎者であった私は中学入学当時、同級生にからかわれながらも勉学以上に標準語の取得に苦労したことを記憶しています。また、6年間バスケット部に所属し、上下関係の厳しさの中に従順であることを学ばされ、訓練を耐え抜き、出ると負けのチームではありましたが、高校3年の時にキャプテンを勤めることが出来た経験をも感謝しています。

タンクを満たそうと(安心を求めて)努力した

しかし、その反面、仕事に忙しかった父の決断を頭では理解できたものの、「親父は自分より仕事を選んだ・・・。」という子供ながらの傷が心から離れず、私を可愛がってくれた伯母夫婦には見せられなかった心の奥底のラブタンクは空っぽだったのです。空になったタンクを満たそうと、様々な努力を試みました。中高時代はバスケットボールに狂い、高校卒業後18才で渡米してからはテニス、ゴルフ、・・・に狂い、就職後はひたすら仕事に狂い、少し成功を手にすると日本人ビジネスマンの典型を真似て、酒、タバコ、カラオケ、ゴルフに狂い始めたのです。一時的には不安な思いを消し去ることは出来ましたが、何一つ行い(Doing)によって空になったタンクを満たすことは出来ませんでした。

父なる神の愛に満たされたラブタンク

そんな常に何かに燃えただごまかしていた、私の心を愛で満たしてくれたのは、今の妻であるタマーだったのです。そして、その愛が彼女から出たものではなく、彼女の両親から継承された無条件(存在Beingを認めた)の父なる神の愛であったことに気付かされたのです。クリスチャンになって父なる神の愛に心の傷が癒され、また、キリストの贖(あがな)いによって永遠の別れに終わる寸前であった親子の関係も修復され、ハワイの地に親父を迎え、神の家族の一員として奉仕できる事は、まさに神業(かみわざ)と言わざろうありません。
「あなたの父と母を敬え。」「そうしたら、あなたは幸せになり、地上で長生きする。」
 という約束です。 エペソ6:2−3 

 多くの日本人と同じく無宗教であった私は、「人生は自分の努力で切り開くものだ。」という教えを信じて、全てを犠牲にして仕事に打ち込んでいました。その努力が報われ、1993年29才にして中国の合弁会社社長に就任し、数人でスタートした会社は中国経済開放政策に後押しされ、5年後には1000人の社員を雇用するまでに急成長致しました。妻のタマーも広報の責任者として仕事に従事していた為、家事の一切はお手伝いさんを雇い任せていました。私も分刻みの予定をこなし、また中国各地に出張に出ることも多く、運転手、通訳、秘書が常に身の回りの世話をしていてくれました。
しかし、そんなこの世の天国のような生活に満足できなかったのはクリスチャンファミリーで育った妻のタマーでした。「お金が有るんだから何でも好きなものを買えば・・・!」といってもいつも不機嫌で喧嘩が絶えず、当時クリスチャンでなかった私には、妻のタマーが何を考えているのか想像が出来ませんでした。旅人であり寄留者であるあなたがたは、たましいに戦いをいどむ肉の欲を遠ざけなさい。(ペテロ2:11)   
私たちは何一つこの世に持って来なかったし、また何一つ持って出ることもできません。衣食があれば、それで満足すべきです。金持ちになりたがる人たちは、誘惑とわなと、また、人を滅びと破滅に投げ入れる、愚かで、有害な多くの欲とに陥ります。金銭を愛することが、あらゆる悪の根だからです。(テモテ6:7-10)

「命よりも大切なものがあると知ったとき生きることが楽になった。」 星野富弘氏
1998年1月22日、私たち家族は中国からハワイへ戻り新しい生活をスタートすることとなったのです。(移住に関する証しは次回紹介させていただきます。)当時ハワイで、LIFE LINE(クリスチャン番組)が日曜日の夜10時から放映されていて、現在と同じく数名の牧師先生が交替でお話をされていました。そんなある晩、三橋先生が語られた神様のメッセージに心を打たれ、もっと話を聞いてみたいとの思いからIJCCの戸を叩く事となったのです。その後、2000年5月にメンバーとなり、様々な聖書の教えを聞き知るうちに、「人生は自分の努力で切り開くものだ。」という教えの間違えに気付かされたのです。そればかりでなく、私たちには来た場所があり、帰る場所がある。寄留者として滞在中にこの地上で課せられた使命がそれぞれにあることを聞き知ったとき、ただ自分が生きる為に思い悩んでいた多くの不安が吹き飛びました。

 私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が、この世に生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。ガラテヤ2:20 
 もしあなたがたが、わたしのことばにとどまるなら、あなたがたはほんとうにわたしの弟子です。そして、あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。ヨハネ8:31-32

中国で5年目を迎えていたある日、妻タマーのハワイの実家から連絡が入り、ハワイ王朝より受継いだ家族の所有地(10万坪)を再開発し事業経営を始めるにあたり、是非ハワイへ戻って社長として手伝って欲しいとの話が入って来ました。せっかく中国である程度の成功を収め、これからという時にどうすべきか真剣に悩みましたが、タマーの希望、子供の教育のこと、自分の健康のことも
考えた結果、中国の会社を辞め、ハワイへ戻ることになったのです。
1998年1月22日、ハワイへ到着後、事業計画の作成に取り掛かりましたが、明日、来週にはと、約束の資金が1年経っても動かず、その当時、まだクリスチャンでなかった私は、「何のためにハワイへ帰って来たのだろう!」と葛藤の毎日でした。そんな私に元牧師であったタマーの父ボブは「ひるむな!神様が約束されたことは、必ず神様のタイミングで動く!」と言い続けられ仕事を探すことも出来ず、収入が無く3年半という日々が過ぎて行きました。預金も底をつき、金銭的には中国にいたころと比較すると、天国と地獄ほどの差があったかもしれません。しかし、今思い返せば神様の計画であったと信じます。もし資金が予定道り動いて、この世の地獄のような試練の期間がなければ、きっと私が神様に向き合うことも無かったかもしれません。

「神は私たちを世界の基の置かれる前からキリストのうちに選び、・・・」エペソ1:4
元牧師であったボブによって1999年2月16日に洗礼を授かり、新生を記念して洗礼名をお願いしたところエリシャという名が祈りによって与えられました。それから9ヶ月後、Life LineのTV番組を見てからIJCCに通うようになり、主任牧師であられた三橋先生の名前がエリヤだと聞き驚かされました。旧約聖書に出てくる預言者エリヤとエリシャは師弟関係にあり、「あなたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命したのです。」ヨハネ15:16という聖句のごとく、三橋先生を私の師匠として神様が備えて下さったと信じています。実は今から約40数年前、三橋先生の両親が次男(エリヤ先生の弟)にこのエリシャという名を命名したいと祈ったところ、神様に示された名がヨシヤであったというのです。まさに神様が私のためにエリシャの名を保留し、ボブの祈りに応え命名してくださったと信じています。また、私達家族をキリストのうちにIJCCへ選ばれ、献身者として任命されたとも確信しています。このことを忘れることのないよう来月出産予定の次男(6人目)にエリシャと命名したく神様に祈り聞いています。この世の天国と地獄の中においても常に私を愛し、導いて下さっていた神様をボスとして従って行く決意を次週、最終回『献身篇』にて紹介させて頂きます。

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、
世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして
滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。 ヨハネ316

昨年1年間、日本で自殺された方が何と32,552人(交通事故死約7000人)だったと言うのです、事故死者との人数を比較しますと4.5倍もの人が自殺された計算になります。そればかりでなく8年連続で毎年3万人以上の人が日本で自殺をされていると言うのです。世界に例を見ない驚異的な数字だといえるでしょう。主な原因は金銭問題、健康問題、将来への不安などが上げられています。

IJCCの教会員である森下兄、私が始めてお会いしたのは今から4年前で、藁(わら)にもすがる思いで教会へ入って来られました。事業の倒産、離婚・・・困難の中で、「どうしたらきれいに死ねるか。」そればかり考えていたと言うのです。飛び込む場所を間違えていたら、もしかして今頃・・・。しかし、イエス様と出会い2003899日洗礼を受けられ永遠の命を手に入れられたのです。今では死を考える事もなく希望を持って生活されています。

「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」使徒1631

タマーの信仰によって私だけでなく、子供たち、父まで救われた今、残された生涯を多くの人々の命の救いのために捧げたい思いから献身を決意しました。また私だけでなくハワイへ永住した父 中林栄(72才)と息子のトミー(13才)と共に、毎日3世代で行動し奉仕しています。私が中国で経験した偏った成功(この世の天国)ではなく、神様との親密な関係、夫婦関係、親子関係、そして健康、仕事、教会奉仕など、全てバランスがとれた本当の成功(成幸)を主にあって手にすることが出来たと信じています。

献身へと導かれた聖句

そういうわけだから、何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って心配するのはやめなさい。こういうものはみな、異邦人が切に求めているものなのです。しかし、あなたがたの天の父は、それがみなあなたがたに必要であることを知っておられます。だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。だから、あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。労苦はその日その日に、十分あります。」 (マタイ63134)  

「それぞれが賜物を受けているのですから、神のさまざまな恵みの良い管理者として、その賜物を用いて、互いに仕え合いなさい。」(ペテロ4:10) 

「ですから、あなたがたは、神の力強い御手の下にへりくだりなさい。神が、ちょうど良い時に、あなたがたを高くしてくださるためです。あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。」(ペテロ5:6-7

2006/01/22 父の洗礼式にて