●神を体験して
『苦難の日にはわたしを呼び求めよ。わたしはあなたを救い出そう。あなたはわたしをあがめよう。』
(詩篇50章15節)
人間にとって苦難であるはずの時、心が安らかで、不安や恐れどころか、喜びや感謝に満たされる・・・そんなことがあると思いますか?
昨年9月、突然、激痛に襲われ救急病院で手術。卵巣癌と診断された時、不思議にも私の心に動揺はなく、つらい悲しいという思いもありませんでした。人間はいつかこの世を去る時がくる、それが早いか遅いかの違いだけ。でも私はこの世を去っても、行くところが決まっている。そこは今よりもっといい所・・・。心は本当に平安でした。これは、主イエス・キリストを知った結果です。16年間のクリスチャン生活の中でも、神様が私を支えてくださっていることを実感した最高の体験でした。
振り返れば、私のクリスチャンとしての歩みはとてもゆっくりとしたものでした。それでも、一つ一つのメッセージや日々の祈り、教会の交わり、或いは祈り会での学びを通して、私の信仰は確実に育てられていたことを感じます。この世はいいことばかりじゃないけれど、主に全てを委ねて、何でもそのまま受け入れられる自分に、私自身も気づかないうちに造り変えられていたのだと思います。
家族や周囲の人達は、私を強いと言いました。でも、この強さは私が頑張っている強さとは違います。もし、神を知らなければ自殺も考えたかもしれません。神様が私を支えてくれているのです。イエス様が私の心を強くしてくれているのです。
この主イエス・キリストを、愛する家族や友人に知ってもらいたい、特に主人や息子には、この世を去ってからも同じ所で再会したいと祈っています。
手術後数週間で、声も出ないまま礼拝に出席しました。つらい悲しいと泣くことなどなかった私でしたが、教会にみなぎる神様の愛に触れて涙があふれました。キモセラピー後2〜3日はとても具合が悪いため、礼拝に出席できるよう、いつも週明けに治療を受けました。礼拝はイエス様との大切な交わりの時なのです。また、人ごみの中の種々の菌に気をつける必要がありながら、半年後には祈り会に戻りました。祈りの中、癌細胞のチェックのための再手術も、主の導きに委ねて、予約を断る決心をしました。再手術については心に平安がなかったのです。そして、主の力強い守りによって、一年後には手術前と同様に奉仕もできるようになりました。その間、たくさんの祈りに支えられたこと、心から感謝しています。抗癌剤のため、抜け落ちた頭髪も今では元に戻りました。白血球の数はまだ正常値には達していませんが、心は喜びでいっぱいです。
癌と診断されながらも、全く落ち込むこともなった自分自身を通して、私ははっきりと神様を体験したのです。人間にとって苦難であるはずの時も、イエス様からの力によって、喜び、感謝と共に過ごせることを私は体験したのです。目をそらさず神さまだけを見つめて、これからもみことばと共に歩んでいきたいと思っています。
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