「証し」
柳田君江
昨年、2006年は、私にとって、忘れることのできない1年だったと思います。私の想像を絶することばかりでした。前半は、驚きの連続で、一つ一つの出来事の中で、神様が働いておられるのが感じられました。そして後半は、私は24年間試練にあったことはなかったと思います(そう思っているだけかもしれませんが)が、人生25年を迎えて、今までにない試練の中を通されました。それまでは、試練にあわないほうがいいと思っていましたが、試練を通して、神様ともっと親密な関係になり、祝福も多かったと思います。ですから、試練にあったと思ったら、逃げずに、耐え抜いてください。
まず、2005年12月、私は学生を卒業しました。卒業後どこに行くべきか祈ったところ、神様に、祈りの中で、"お前にはまだやることがある"と語られました。未だに、"やること"が何だったかよくわかりませんが、ハワイに残る決心をしました。すると、仕事など、必要なものはすべて与えられていました。今までと違って、どこで何をするのか、何にも分からない、そんな状態でしたが、先は見えなくても、とにかく信じてYesと主に従ったら、主がすべてを用意してくださっていました。
それまで1年祈っていたことがありました。人生の節目である(?)25歳までに、父と連絡がとれたら、、、ということでした。私の両親は、私が2歳の時に離婚し、当時は沖縄に住んでいましたが、母は私を連れて、大阪の実家に戻ってきました。祖父母も、父のことは内緒にしているかのように触れず、私も、聞いてはいけないと思っていました。しかしやはり気になり、実の父親が日本のどこかにいるのだと思うと、むこうが私のことをどう思っていようと、自分の存在だけでも知らせたい、そう思っていました。その思いが、思いもよらない形で実現してしまいました。2月にIJCCを訪れた、とある兄弟との出会いがきっかけでした。これも、神様のみわざとしかいいようがありませんでした。(中略)
長年祈ってきた(祈られてきた)母が4月のイースターの前に、私の母教会で見た「パッション」の映画のあとの交わりで信仰告白に導かれました。
5月には、沖縄に住む父に初めて会うことが許されました。母が、私の母教会の牧師に相談して確信を持てたそうです。母は、信仰告白をしてからは、今までは父のことなど触れたくもないようでしたが、それからは認めれらるようになったそうです。今では、私と父の連絡状況も時々伺ってきますが、私と母の関係は離れるどころか、ますます強くなり、今では信仰の友として接することができるようになり、みことばのシェアなどもできるようになり、人の考えを遥かに超える主のみわざがなされていました。「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」(使徒16:31)これは本当です。まだ救われていないみなさんのご家族のためにも、祈り続けてください。
後半は、これでもかというほど神様に試されたと同時に、神様と1対1の関係をすごく迫られました。気づけば、ずれるところまでずれて、大幅に軌道修正が必要になっていたこともありました。でも、本当に神様はすごいなぁ、と思わされるばかりでした。
みことばも、ノート一杯になるほど語られました。まだその試練は現在進行形かもしれませんが、次回は、その苦しい時を主に訓練され、耐えさせられていたときの証をしたいと思います。