「「証し」
柳田君江
パート3、軌道修正、そして新たな道へ
そんな時,日本から来布中の三橋先生のメッセージのあとで、軌道修正が必要だと気づかされました。こんな自分をよしとされたのは、神様の方だって。それなのに、それを許せなかった自分はなんて傲慢なんだろう、と。。。
祈りの中で、悔い改め、こんな弱い自分でも受け入れ、許すことができるように祈りました。
それでもまだ、軌道修正しきれていなかったようです。
もう限界と(勝手に)思い、本当に自己中心的な祈りですが、"私はミュージックミニストリーをおりたほうがいいと思います"と、なんとか賛美の奉仕をおりてもいいようにみことばを待っていたと同時に、"神様、賛美はミュージックミニストリーとしてじゃなくてもできます。歌えないけど、通訳ならできます。"と祈っていました。すると、そうでしょう。神様は、できると言った通訳の奉仕を取り去られ、できないと言った賛美の奉仕を続けさせられました。イザヤ12:5「主をほめ歌え。主はすばらしいことをされた。」これが語られた時、やめてはいけない、やめたら不信仰だ、と気づかされ、できないながらも、でもやるなら喜んで、与えられているもので精一杯の奉仕を続けさせていただきました。
こうして軌道修正させられる中で、神様は 確実に行動を開始されていました。
10月のアシュラムに来られていた渡辺明日香姉との出会いがありました。彼女とはとくに面識もなく、ルツ会主催の三橋先生ご夫妻のディナーで初めてお話をし、帰りに名刺交換をし、メールで連絡をとり始めたのがきっかけで、明日香姉のルーク19に私が行くことが御心か、祈ろう、ということになりました。
始めは、全く導きも感じていませんでしたし、ましてや東京に行くなんて、考えてもみませんでした。普通ではありえないストーリーだと思います.
しかし、11月末には、日本に帰国する確信が得られました。いくつかみことばが与えられましたが、その中でも,イザヤ43:19 「見よ。わたしは新しいことをする。今、もうそれが起ころうとしている。あなたがたは、それを知らないのか。確かに、わたしは荒野に道を、荒地に川を設ける。」
イザヤ43:16「わたしは目の見えない者に、彼らの知らない道を歩ませ、彼らの知らない通り道を行かせる。彼らの前でやみを光に、でこぼこの地を平らにする。」とにかく、何にもわからないけど、行っていいんだ、と思いました。
そして、年末のアーバナで神様とじっくり時間を持ち、東京に行くことが神様からのコーリングだと確信できました。まず、私たちが神様のしもべであるなら、しもべは、主人にたいして、NOという答えはないのです。神様は、ご自身の召しに対して、YESというしもべを探しておられます。世の中の常識は神様には通用しません。住んだこともないところに、初めて一人暮らしをする、ルーク19で、何をするかもわからない、そんな何も見えない中で、神様がわたしの目の前までYESを迫って来られたような気がしました。(参/創12)
エペソ4:1「召されたあなたがたは、その召しにふさわしく歩みなさい」ハワイに戻ってきて、明日香姉に、YESの返事と証をし、彼女にもみことばが与えられ、祈りながら、これからのことが少しずつスタートしました。
まだまだ書きたいことはたくさんありますが、最後に一つ言いたいことは、主に従うとは命がけだということです。どうしてそこまでするの?と聞かれることもありますが、それは、イエス様が命をかけて私たちを愛してくださったから、私たちもイエス様を命がけで愛し、従うものでありたいと願います。