「IJCCの使命」
冬木友博 牧師
言葉の定義が、はっきりしていないために混乱をまねくことがあることは、前回とりあげました。IJCCの
存在理由を現わすみことばは、マタイ28:18−20 「あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさ
い。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、また、わたしがあなたがたに命じておいたすべて
のことを守るように、彼らを教えなさい。」
IJCCが何のために存在するのか、そして何をするのか?このことが一番大切なことです。いろいろな活
動をしてゆくうえで、大切なこと、これをはずしては、活動する意味がない程大切なことですから、教会員の方
全員が「わかった!」と言えるようにならなくては、なりません。
改めて、みことばが語っていることは、私たちが、福音を聞いて、罪の赦しと永遠の命を受けとって、救わ
れることがゴールではないと言うことです。明らかに、救われた私たちは、キリストの弟子とならなければなら
ないのです。これは、イエス キリストの遺言であり、大宣教命令なのです。
このみことばに従い実行するためにIJCCは存在するのです。それがIJCCの使命であり、目的であり、
何よりも、私たちが心を合わせて、「わかった!」と言えるようになりたいと願っています。
そこで、教会員全員が、簡潔で記憶できるように短い一文にまとめました。「この世の人々に福音を伝え、
熱烈なキリストの弟子に変えること。」これがIJCCの使命です。このことのためにあらゆる活動をすすめて
ゆくのです。
救われた個人的喜びにとどまらず、キリストの弟子に変えられてゆくのです。たとえ年齢を重ねたとしても
心は、燃えている。イエス様の愛に答えることが出来るのです。
私は、同じ弟子になるならイエス様に愛される、熱烈な弟子になりたいと願っています。IJCCの教会員
全員がイエス様に愛され、喜ばれる熱烈な弟子になることを幻に見ます。子どもから年老た者までが、イエス
様を愛して、喜んで従い、主に仕える群でありたいと本当に心から願っています。
私たちは、弟子になるためには、どうしても訓練が必要です。自分勝手に自己流に弟子になることは出来
ません。それは、きびしくても楽しい、喜びに満ちた訓練です。