
−天国と地獄を見た男− Part 3 天国編
IJCC教会員 中林義朗
多くの日本人と同じく無宗教であった私は、「人生は自分の努力で切り開くものだ。」という教えを信じて、全てを犠牲にして仕事に打ち込んでいました。その努力が報われ、1993年29才にして中国の合弁会社社長に就任し、数人でスタートした会社は中国経済開放政策に後押しされ、5年後には1000人の社員を雇用するまでに急成長致しました。妻のタマーも広報の責任者として仕事に従事していた為、家事の一切はお手伝いさんを雇い任せていました。私も分刻みの予定をこなし、また中国各地に出張に出ることも多く、運転手、通訳、秘書が常に身の回りの世話をしていてくれました。
しかし、そんなこの世の天国のような生活に満足できなかったのはクリスチャンファミリーで育った妻のタマーでした。「お金が有るんだから何でも好きなものを買えば・・・!」といってもいつも不機嫌で喧嘩が絶えず、当時クリスチャンでなかった私には、妻のタマーが何を考えているのか想像が出来ませんでした。旅人であり寄留者であるあなたがたは、たましいに戦いをいどむ肉の欲を遠ざけなさい。(ペテロ2:11)
私たちは何一つこの世に持って来なかったし、また何一つ持って出ることもできません。衣食があれば、それで満足すべきです。金持ちになりたがる人たちは、誘惑とわなと、また、人を滅びと破滅に投げ入れる、愚かで、有害な多くの欲とに陥ります。金銭を愛することが、あらゆる悪の根だからです。(テモテ6:7-10)
「命よりも大切なものがあると知ったとき生きることが楽になった。」 星野富弘氏
1998年1月22日、私たち家族は中国からハワイへ戻り新しい生活をスタートすることとなったのです。(移住に関する証しは次回紹介させていただきます。)当時ハワイで、LIFE
LINE(クリスチャン番組)が日曜日の夜10時から放映されていて、現在と同じく数名の牧師先生が交替でお話をされていました。そんなある晩、三橋先生が語られた神様のメッセージに心を打たれ、もっと話を聞いてみたいとの思いからIJCCの戸を叩く事となったのです。その後、2000年5月にメンバーとなり、様々な聖書の教えを聞き知るうちに、「人生は自分の努力で切り開くものだ。」という教えの間違えに気付かされたのです。そればかりでなく、私たちには来た場所があり、帰る場所がある。寄留者として滞在中にこの地上で課せられた使命がそれぞれにあることを聞き知ったとき、ただ自分が生きる為に思い悩んでいた多くの不安が吹き飛びました。
私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が、この世に生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。ガラテヤ2:20
もしあなたがたが、わたしのことばにとどまるなら、あなたがたはほんとうにわたしの弟子です。そして、あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。ヨハネ8:31-32