「日本訪問記―その5」
冬木友博 牧師
今回の東京滞在は、3泊4日で、世田谷の親戚の家を宿代わりに使わせて頂きました。 父の姉に当たる伯母家族です。 私のいとこが男3人いたのですが、長男と3男は、同じリンパ腺のガンで私が中学生の時に亡くなりました。 以来次男のいとこが、私にとっては兄のような存在です。既にそのいとこには、3人の孫がいるので、私の伯母はひいおばあさんになっています。
私たち、夫婦が8年ぶりに、東京に来たと言う事で家族が一同に集まってくれました。
それでも全員集まる事が出来ませんでしたが、親戚の親戚までが集まって下さり、楽しい食事の時を持ってくださいました。
いとこの子どものうち、私たちとお兄ちゃん、お姉ちゃんと慕ってくれる長女の恵理ちゃん(既に二人娘のママ)は、IJCCにも来たことがあるのですが、次女を出産した後、劇症1型糖尿病にかかってしまい、いまでは自分の力ではインシュリンが出なくなってしまい、いつも自分でインシュリンを注射しなければならない現状です。 でも毎日いっしょうけんめい子育てをしています。 今回、初めて子どもたちにも会いました。 陰ながら祈るしかありません。 別れ際には、女同士の家内たちは、波だ涙だのお別れでした。 いつか、家族でハワイに来ると約束してくれました。
いよいよ東京最後の日は、今回の一番の目的でもある、平井姉のご両親を訪問する事でした。 東京から少し離れた神奈川県の伊勢原市です。 途中、小田急線でなれない網棚に荷物を置いたまま、電車を降りてしまい、祈らされましたが、無事荷物を受け取る事が出来ました。 お昼ギリギリの到着となってしまいましたが、買って行ったお弁当を食べながらお交わりをして、午後からは、お父さんのケアホームまで、一緒にお見舞いに行きました。 初めてお会いするのに快く迎えてくださり、ケンも一緒に楽しいひと時を過ごし、いっしょにお祈りすることも赦してくださいました。 いっしょにアーメン!と言えたことだけでも、本当に主に感謝しました。 思っていたよりもお父さんもお元気で、ケアホームのスッタフの方たちからも愛されておられるようすで、
本当に安心しました。
私の両親も、家内の母も、日本に居ますので、普段離れて生活している方々、の痛みを感じる訪問でした。 心から正直にまた来たいという願いを持って別れを告げ、新横浜駅へと向かいました。
途中、突然の電話にもかかわらず、松村裕介君と悦ちゃんが、ちょうど仕事が休みになったと新横浜の駅まで見送りに来てくださいました。 本当に無駄な時間がないスケジュールでした。 それでも、今回、会えなかった方々がいっぱいでした。 残念な思いもありましたが、すべて時にかなって美しいことをしてくださる神に感謝して、次の目的地である京都に新幹線で向かいました。 車内が混んでいたにもかかわらず3人席の自由席が空いていて、ゆっくりと座って行けたことも主の恵みでした。 京都についたには夜の10時を過ぎていました。
次く。