「神の家族に植えられる」
聖書は、農夫である神様(ヨハネ15:1)が私たちを神の家族に植えてくださると教えてます。
あなたは彼らを連れて行き、
あなた御自身の山に植えられる。
主よ。御住まいのためにあなたがお造りになった場所に。
主よ。あなたの御手が堅く立てた聖所に。
主はとこしえまでも統べ治められる。(出エジプト15:17−18)
この「主の山」とはシオンの山、すなわちエルサレムです。その地は今から二千年ほど前に、イエス・キリストが十字架上で私たちの罪の身代わりとなって死んでくださった場所であり、三日後に復活したイエスはその四十日後にこのエルサレムから天に帰って行かれました。この事実により、「私の山に植えよう」と約束してくださった神様は、イエスを信じる信仰を通して「イエス・キリストのからだである教会」に私たちを今も植え続けてくださっています。
私は、かつて日本で造園の仕事に携わった時に、いかに木が適所に植えられる事が大切か、植えられた後の水遣りなどの世話がどれほど木の成長に大きな意味を持つかを身をもって体験してきました。公園を作って木を植えても、手入れをしなければ枯れてしまうのです。成長した木を移植するのはもっと大変です。根を切って他の土地に移すので、本当に慎重に、葉も減らし、良い土地に植えて水もたっぷりやらないとやがて死んでしまいます。イエス様を信じると、神様は「教会」という「主の山」に植えてくださいます。そこにしっかりと植えられて、大切に育てられ、お世話されていくうちに根を張って、新芽を出してクリスチャンとして成長していくのです。ところで「教会」とは人の集まりです。先に救われた人が後から救われた人をケアしていく「互いに愛し合う神の家族」です。では、「神の家族に植えられる」という事にはどんな意味があるのでしょう?それは、次の三つに要約されます。
1.救われたクリスチャンが教会に正式に属する事
クリスチャンであれば、どこの教会にいても大きな意味において神の家族ですが、目に見える形での教会にあなたが植えられるという事には大きな意味があります。もしあなたがお客さんや単なる同居人でなく、花嫁としてある家族に迎えられるとしたら、それは本当の意味でその家族の一員となったことですよね。教会を訪れて礼拝するだけでも神様に祝されますが、正式な家族の一員はもっと大きく神様に守られ祝福を受けるのです。
2.仲間として強く結ばれる事
結婚する時には、花婿も花嫁も神様の前で誓約をしますね。教会のメンバーになるということは、その教会と結婚するという事。つまり「良い時にも悪い時にも、教会を愛し、教会に仕え、教会を助け、教会を守ることを誓います。」と決意し、コミットしていく事です。そのうえで、メンバー同士が互いに悩みを分かち合い、励ましあい、助け合っていくのです。
キリストによって、身体全体は、一つ一つの部分がその力量にふさわしく働く力により、又、備えられたあらゆる結び目によって、しっかりと組み合わされ、結び合わされ、成長して、愛のうちに建てられるのです。(エペソ4:16)
3.新しく機能する事
クリスチャンになったばかりの人は、お世話される必要がありますが、やがて受けるだけではなく、与えていく者へと成長していきます。お客さんから家族へとかわっていくのです。外のものから大切な器官として変えられるのです。
こういうわけで、あなたがたは、もはや他国人でも寄留者でもなく、今は聖徒達と同じ国民であり、神の家族なのです。あなたがたは使徒と預言者という土台の上に建てられており、キリスト・イエスご自身がその礎石です。この方にあって、組み合わされた建物全体が成長し、主にある聖なる宮となるのであり、このキリストにあって、あなたも共に建てられ、御霊によって神の住まいとなるのです。(エペソ2:19−22)
インターナショナル・ジャパニーズ・キリスト教会 冬木友博牧師
International Japanese Christian Church