『コツコツ勝つコツ』 (ヘブル13:8)
こつこつ働き続ける事が人生の成功の鍵です。前回のメッセージで、この「コツコツ勝つコツ」ということばをご紹介しました。あなたの周りに、ご自身も含めて、このことばのような人がいらっしゃいますか?今日は3人の方をご紹介したいと思います。最初の人物は野球選手の鈴木一郎さん(36歳)です。彼は、今年10年連続200本安打を達成しました。10年間200本安打というのはピートローズと言う選手も達成しましたが、連続ではありませんでした。大リーグでは年間162試合しかないそうです。だから、全試合出場して毎試合で1回ヒットを飛ばしたのでは200本には足りません。平均して1試合1.5本安打、そんなすごい事を10年間も続けたというんです。イチローのこの快挙は100年間破られる事はないだろうと言われているそうで、まさに10年間コツコツと続けた前人未到の記録です。この勝利のコツは何でしょう?天才。そうかもしれません。が、彼は小さい頃から大変な努力家だそうです。今でもだれよりも早く野球場に来て、練習の前に練習の練習をするそうです。丹念にストレッチするそうです。だからものすごく体が柔軟でどんなボールもヒットに結びつける事ができるといわれています。それから、彼は、三振しようが、ここ一番というときに大ヒットを飛ばそうが、ホームランを打とうが、どんな時も一喜一憂しないそうです。何があっても心を騒がせることなく、淡々と平常心を保つ、これができたらどんなに良いでしょう。あなたは先週、どんな1週間を過ごされたでしょうか?私には公私共々実にいろいろな事がありました。中には「どうしてこんな事が」と思える事や、「神様、一体どうしたらいいでしょう?」という状況にも遭遇しました。そんな時であっても、心を神様に向けて1秒で平常心に戻る練習をしたい、そう思います。そのために、是非掴んでいただきたいのが今日のみことばです。ほかのことは全て忘れても結構ですから、是非このみことばだけは覚えて帰っていただきたいと思います。
「イエス・キリストは、きのうもきょうも、いつまでも、同じです。」(ヘブル13:8)
いいこともあれば、そうでないこともある。わき目を振らずに、たゆむことなく自らに与えられた分をコツコツとやり続ける。そういう勤勉な人があなたの周りにいっらしゃいますか?私の勤務するレストランの副料理長は、その模範のような人物です。彼は毎日ご飯を研いでそれを炊く事から仕事を始めます。次に味噌汁を作ります。それから、しゃぶしゃぶのだしをとります。これが済んで休憩に入ります。毎日同じ事をします。休みの日にも同じ時間に来て、同じことをしています。ですからお客様がいつ来られても、同じ味をお出しする事ができます。労働者の権利とか、サラリーがどうとか、そんな事を言う前に、自分の仕事に忠実であるということ、勤勉に働くとはどういうことか、彼の無言の背中が語っています。もうひとり、紹介したい人物、それは76歳の私の親父です。皆様にも祈っていただいて、数年前ハワイに移住してきました。ちょうどそのころ、この教会の隣にある額屋さんのオーナーが手先の器用な人を紹介してくれないかと冬木先生を尋ねてこられ、それで親父は自宅と目と鼻の先のこのフレームショップで働く事になりました。先日、このオーナーが、私にこう言うんです。「あなたのお父さんがやめるときには1年前に知らせてください。彼のような人はなかなか見つかるもんじゃないから。」親父はいつも30分早く出勤して掃除をするんです。そして10時の休憩の時もひとりコツコツ仕事を続けるそうです。実は、親父は日本では成功したビジネスマンでした。多くを稼いで、多くを使う、そういう人だったのが、イエス様に出会って変えられました。神にも人にも謙遜に、自分の仕事には忠実に、毎日判で押したような勤勉な生活を喜んでする人になりました。どんなところにいても、文句を言うのは簡単です。が、その前に、神を恐れて、神に生かされている事を感謝して、神の前にへりくだって、神から与えられた仕事を喜んでやってみてはどうでしょうか?
「善を行うのに飽いてはいけません。失望せずにいれば、時期が来て、刈り取る事になります。」(ガラテヤ6:9)
だれが見ていても、見ていなくても、黙ってゴミを拾う。だれが見ていても、見ていなくても、時間通り来る。良いことをコツコツ行って、どんな時にも平常心でやり続ければ、時が来て、神様の時が来て、神様の報いをくださいます。聖書の中で、逆境にあってもコツコツ良いことをやり続けた人、といえば、ヨセフを挙げることができると思います。彼はお兄さんたちに裏切られ、奴隷としてエジプトに売られてしまいました。文句を言うのは簡単です。こんな人生、生きていても仕方がないと悲嘆にくれ自己憐憫に陥るのは簡単ですが、ヨセフはそうはしなかった。彼はコツコツ奴隷として働きました。神が共にいてくださる事を信じ続けました。やがて奴隷だったヨセフは、なんとエジプトのファラオの右腕である宰相にまでのぼりつめました。必ず生きた神、創造主なる神が私を助けてくださると信じてコツコツするべきことをやり続けた報いは、必ず神様の時に神様から来ます。
もう一つの事を、お話したいと思います。それはビジョンを持つという事です。コツコツ働くのはいいけれど、何のために働くのかを知って働く事はとても重要です。あるところで石切り工が石を切っていました。「何をしているのか?」と尋ねられ、最初の石切り工は、「石を切ってるんです」と答えました。2番目の石切り工は、「食べる為に、働いているんです」と答えました。3番目の石切り工が「何をしているのか?」と聞かれると、彼はこう答えました。「私は今ここに大聖堂を立てるんです。そのために、今石を切っているところです。」
あなたは何のために仕事をしていますか?食べる為に働いているのなら、やがて「ここは私のいるべきところじゃないな」という時が来て、職を移るでしょう。が、また4,5年経つと同じことを言って、結局振り出しに戻る。神様の目から見ると何の進歩もしていない。同じところをぐるぐる回る繰り返し。しかし、神様からしっかりしたヴィジョンをいただいていれば、苦しくてもコツコツできるし、1年経てば1年分前に進めています。
「幻がなければ、民は欲しいままに振舞う。」(箴言29:18)
私は今、子供たちにヴィジョンの事しか話していません。何のために勉強するのか?何のために努力しなきゃいけないのか?自分の野心ではない、神様の目にかなった明確なヴィジョンがあるからこそ、どんな状況に置かれようと、人にどう言われようと、さげすまされようと、邪魔されようと、誘惑を受けようと、敢然とまっすぐに1歩1歩前に進む事ができるのです。
聖書の中で最も明確にそのような歩みをした人物はだれでしょう?それは、イエス・キリストです。イエス様はサタンからの誘惑も、人々からの侮辱、ののしり、そしり、悪意、愛する者からの裏切り、肉体の究極的痛み、苦しみ、それらをものともせずに、祈り続け、黙々と神の全人類救済というヴィジョンに向かって十字架に至る地上人生を歩まれました。そして、私たちの救いの為に十字架で死んで三日目によみがえり、今も、天の神の右の座で私たちのためにとりなし祈っていてくださいます。
「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。」(ヨハネ14:6) とイエス様は言われました。このイエス様と出会って、神様との関係を回復していただいた私たちは、もはや、自分の力で自分の欲・得の為に人生を生きるべき者ではありません。では、人は何のために生きるのでしょう?あなたはその答えを握っていますか?何のためにあなたは仕事をしているのですか?何のために教会に来ているのですか? 聖書には、それに対する実に明確な答えがあります。ただ恵みによってイエス様に救っていただいて、罪許されて、神様との関係が回復された上、天の書に名が記されているというのはなんと幸いな事でしょう。だから、たとえ今この地上における人生の中で逆境におかれていようとも、みことばを握り、祈りを持って、過去・未来・現在変わる事のないイエス様に心から感謝し信頼して、今日一日をコツコツコツコツと前進する者でありたいと願います。
「イエス・キリストは、きのうもきょうも、いつまでも、同じです。」(ヘブル13:8)
インターナショナル・ジャパニーズ・キリスト教会 中林義朗牧師
International Japanese Christian Church 2010年10月3日聖日礼拝 Message