「喜びの回復」(Iペテロ159)

 あなたは「変わる事のない喜びの根拠」というものを持っていますか? 人の喜びは状況に根拠を持つ事が多いものです。結婚式で愛を誓い合う男女は喜びに満ちています。が、状況の変化によってその喜びが奪われてしまうことがあります。私達の喜びを奪うものに次のようなものがあります。

1.     霊的問題・・・不信仰、偶像礼拝、否定的思考

2.     肉体的問題・・・病気、怪我、疲労、高齢化

3.     精神的問題・・・不安、不満、恐れ、憎しみ、怒り、傷

4.     その他現実的問題・・・経済的問題、人間関係

 

  もし、本当の喜びが奪われているなら、それを回復しなければなりません。今日はペテロの手紙第一1章から、本当の喜びの回復について学んでいきたいと思います。

 

1.     みことばの真理を信じる信仰により完全な救いの希望をいただいている

 

「あなたがたは、信仰により、神の御力によって守られており、終わりのときに現されるように用意されている救いをいただくのです。

そういうわけで、あなたがたは大いに喜んでいます。」(Iペテロ156

 わたしたちが神様からいただいている変わる事のない喜びの根拠は、まさにこの救いにあります。神様の救いの約束を信じる信仰ゆえに私達はいかなる状況にあっても大いに喜ぶ者とされているのです。

 

2.     信仰の試練は喜びに変わることを確信できる

 

「今はしばらくの間、さまざまの試練の中で、悲しまなければならないのですが、あなたがたの信仰の試練は、火で精錬されつつなお朽ちていく金よりも尊く、イエス・キリストの現れの時に賞賛と光栄と栄誉になる事がわかります。」(Iペテロ167

私達が地上での人生を歩む時、そこには試練があると聖書は言います。でも、いつまでも続くとは書いてありません。「しばらくの間」です。しかも、信仰の試練は精錬された純金よりも尊く、イエス様の現れと共に大いなる喜びに変わると約束されています。すごい希望の約束ですね。とは言うものの、正直のところ避けられるものなら厳しい試練など避けて通りたい、と思ってしまうのが人情ですね。こう考えてみてはどうでしょう? 信仰の試練とはリハビリのようなものである。一度麻痺して全く動けなくなった腕をリハビリするあなたを想像してください。無理に動かそうとすると、強烈に痛みます。でも、動かす練習をしなければ、二度と動かない腕のままです。少しずつ、忍耐を持って、セラピストの指導のもとリハビリを続ければ、確実に腕は動くようになるのです。信仰の試練もこれと同じです。この試練に耐えればきっと良くなる!だから諦めたりしないでつらくても立ち止まらずに希望を持って前進し続けます!みことばの約束を握ります!

 

3.     神が喜ばれる事はイエス・キリストを愛する信仰の結果である

 

「あなたがたはイエス・キリストを見たことはないけれども愛しており、今見てはいないけれども信じており、ことばに尽くす事の出来ない、栄えに満ちた喜びに踊っています。これは、信仰の結果である、たましいの救いを得ているからです。」(Iペテロ189

 あなたはたましいの救いを得ていますか?イエス様はおっしゃいました。「ただあなたがたの名が天に書き記されている事を喜びなさい。」ここに喜びの根拠があります!

 私達は否定的な思いで心が奪われてしまう時があります。そのたびに、喜びを回復するのです。喜びの心は否定的な思いを打ち砕きます。みことばを握り、祈って、聖霊の助けをいただきましょう!

 

インターナショナル・ジャパニーズ・キリスト教会 冬木友博牧師

International Japanese Christian Church 201037日聖日礼拝 Message