『木はその実によってわかる』 (マタイ12:33−37)
「木がよければ、その実も良いとし、木が悪ければその実も悪いとしなさい。木のよしあしはその実によって知られるからです。」(マタイ12:33)と、イエス様はたとえをもって話されました。良い実をつける良い木となるために、今日も三つのポイントでお話したいと思います。
1.根をしっかり張る事の大切さ
私たちは表面に見える木だけを見ますが、木は地中に根を張ってこそ地上に立つ事が出来ます。そして、木というものは、その根より大きくなる事はないといいます。まず根をしっかりと張ることは、木の成長に不可欠です。竹は始めの4年間は地面の中にいるだけだそうです。そして、しっかりと根を張ってから、5年目に一気に芽を出しぐんぐん上に伸びます。ここから何を学ぶ事が出来るでしょうか? 「石の上にも3年」ということわざがありように、ある期間じっと耐え忍ぶ事、ひとところにとどまって学んだり訓練を受ける事の大切さではないでしょうか。私の職場に来る求人面接者の中には、その職歴を見るとあきれるほど短期間であちらこちらを転々としている人がいます。「こんな職場、冗談じゃない。」と、あっさりやめてしまって、次に行ってもまた同じように長く勤める事が出来ない人がいるとしたら、ちょっと我慢してみませんか? 何かを続けてきて今年4年目にしてやめようと思っている人も、やめるのをちょっと待ってみませんか? 5年目にしてわっと伸びるかもしれません。まず、しっかりと根を張り土台を築きましょう。
2.何の木であるかを知ることの大切さ
その木、その木にそれぞれの役割があります。あなたはどんな木として、どんな実をつける者として、天の父なる神様からこの地上に植えていただいているのでしょうか?また、あなたの人生という季節の中で、今はどんな実をつける時期なのでしょうか? りんごの木にはアボカドの実はなりません。そんな事は当たり前で、りんごの木にアボカドの実を期待する人はいません。ところが、それよりもっと大切なはずの自分の事となると、欲に目がくらむのか、りんごの木なのに一生懸命アボカドの実をつけようとしてしまう人がいます。あなたはどんな木で、どんな実をつけるのでしょう?夫、妻、親、子、学生、従業員、ボス、牧師、信徒・・・そうした役割を自分の好き勝手に選んだり、自分の勝手で辞めたりするのではなく、神様の計画によって与えられた役割を私達一人一人がそれぞれはっきり知らなければなりません。おのおのがその役割に誇りと自覚を持ったら、確実にあなたの家庭は、職場は、この教会は、一年後には変わるでしょう。まず、それぞれが自分の役目をしっかり心に留めることです。
3.豊作を約束する神
神様は家族の幸せを約束して下さっています。が、神のいましめを守ればという条件付です。「妻たちよ。夫に従いなさい。キリストが教会のかしらである様に、夫は家庭のかしらだからです。」と聖書に書かれています。私が中国で千人の従業員を抱えた企業家であった時は毎晩がパーテイで、私は酒・タバコに明け暮れていました。あのまま行っていたら、今頃は確実に身体を壊して命はなかったでしょう。それくらいひどかったのですが、妻は一度も「いったい何やってんのよ」とは言わなかった。「人を変える事は出来ない。私にできることは無言で夫に従って夫のために祈る事」と悟った彼女は「主よ、この人は自分で何をしているのかわからないんです。どうか、このタバコが最後になりますように」と、ニコニコして祈り続けてくれました。タマーの祈りを通して私は神様に救われたんです。どうぞ、皆さんも無言の行いで夫に従って、ご主人の為に祈る人になってください。
夫への戒めは「夫たちよ。自分と同じように妻を愛しなさい。自分がしてほしいと思うことを妻にしなさい。」私は週一回妻と二人きりでデートする事にしています。お金をかけなくても、ビーチを歩く、車を走らせておしゃべりする、いろいろな方法があります。夫と妻の両方が神の戒めを守れば、家庭は平安で温かく、子供たちは幸せです。
「子どもたちよ。すべての事について両親に従いなさい。」それはなぜか?この世で幸せになるから。長生きできるから。だから、ごちゃごちゃ言わないで、子供は親に従いなさい。ただし、「父よ。子供を怒らせてはいけません」とも言われています。男親は子供が自分の所有物という感覚があるので、どうしても子供にちょっかいを出し易いです。しかし、子供は神様からの授かりものです。神様のものをあずかっているのですから責任こそあれ所有物ではありません。聖書にあるとおり、子供たちを気落ちさせない為に、かえって父は主の教育と主の訓戒に従わなければなりません。
「働く人たち。まごころから地上の主人に従いなさい。」それは、よい行いの報いは直接の上司やボスからでなく、天の神様が報いてくださるからです。だからニコニコ喜んで働かせていただきますと、誠意を持って働くのです。
そして、ボスやリーダーの立場の人への訓戒は、「正義と公平をもって接しなさい。」つまり、義に生きなさい、という事です。
牧師には、「信徒を養いなさい。」わかり易くみことばを伝え、それを生活に適用して本当の成功、「成幸」を信徒が得られるようにということだと思います。
信徒には、「賜物を熱心に求めなさい。」教会はキリストの身体であり私たちは一人一人がその器官です。ひとりとして同じではなく、スペアは存在しません。お互いがかけがえのない存在である事を理解して、自分のタレントを捜し求めるならどうなるでしょう?探し当てて、それを生かし始めたら何が起こるでしょう? 確実に、この教会は目覚しく活性化されます。そのためにはまず熱心に賜物を求める事です。
「心に満ちている事を口が話すのです。」(マタイ12:34)
冒頭のたとえ話でイエス様は、人の口から出る言葉がその人の実なのです、とお話になりました。「人はその口にするあらゆる無駄な言葉について、裁きの日には言い開きをしなければなりません。あなたが正しいとされるのは、あなたの言葉によるのであり、罪に定められるのも、あなたの言葉によるのです。」(マタイ12:36−37)
木はその実によってわかる。いくら努力しているつもりでも、「あ〜、またとげのあるようなことを言ってしまった。」というのが私たちではないでしょうか。だから、私たちは常に神様に聞いて、神様の訓戒に従う様にと訓練される必要があります。人が変わることを期待してはいけません。自分が変わることから全てがスタートします。どうやって変わるんですか?バイブル the BIBLEによってです。なぜならバイブルは、
Basic
Instruction
Before
Leaving
Earth
だからです。
インターナショナル・ジャパニーズ・キリスト教会 中林義朗牧師
International Japanese Christian Church 2010年6月13日聖日礼拝 Message