「もう一度思い起こしてみよう」(ローマ151315)

 

 日々の生活の中で『本当に感謝だなあ』と思え、自分の人生が神の祝福に満ちているのを知る事ができるのは実に幸いです。しかし一方で、『自分はこの事のために生かされているのだろうか?はたして今のまま現状に甘んじていていいんだろうか?』と、初心に帰って、自分は何のために造られ、どういうところから救われたのかをもう一度思い起こしてみることも大変重要な事です。 

 今月のテーマは「善意=良い行い」ですね。私たちは神の作品で良い行いをするために造られ、その良い行いも神が備えていてくださるとエペソ2章で学びました。良い行いをする機会だけでなく、それをする力をも授けてくださる神様に感謝したいと思います。皆さんは今月何度くらい良い行いを聖霊に導かれましたか?すばらしい体験をなさった方々が多数おられると思います。主の御名をあがめます。が、『わかってるけど、できない現実がある』と言い訳してしまう私たちが存在するのも事実です。新約聖書の有名な使徒である、あのパウロさんでさえ、『私は自分でしたいと思う善を行わないで、かえって、したくない悪を行っています』(ローマ7:19)と告白しているほどです。

 今日は、善意Goodness=良い行いGoodWorkの実践に向けて、ご一緒にもう一度三つの事を思い起こしてみたいと思います。

1.自分の弱さを認めよう!

 私たちは実に罪深い存在です。先週もS南とN北の真ん中にI自分がいる、自己中心こそがSIN(罪)であると学びました。自己中心が矯正されていない時の私たちの祈りは『ただただひたすら自分の願いどおりになりますように』です。「神様、どうかこの苦しみを、痛みを取り除いてください」と必死に祈るのに、祈りが聞かれない時があります。それは、私たちの願い通りにならないことを通して、神様がご自身の栄光を現される事があるからです。

 肉体的弱さを持っていたパウロは「このとげを取り去ってください」と3度真剣に祈りました。そして神様から示されました。「わたしの力は、弱さのうちに完全に現れる」(IIコリント12:9)なんと言うことでしょう。しかしパウロは悟りました。「このとげである肉体の弱さを取り除いていただけたらもっと宣教の働きも力強く進める事ができるのに、という私の願いは主のみこころではなかったのだ。私は軌道修正しなければならない。主よ、どうぞみこころのままに、このままの私を用いて御栄光を現して下さい」と祈ったパウロは、次のように大胆に告白するものに変えられました。

「ですから、私は、キリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に

甘んじています。なぜなら、私が弱い時に、私は強いからです」

IIコリント12:10)

2.軌道修正の必要を認めよう!

 人間は幸せを願います。が、本来人間は主の栄光を第一に願うべき存在として造られました。それが自分の成功、自分の幸せを第一に求めてしまうという自己中心の罪ゆえに、私たちは本来あるべき姿からずれてしまうのです。ゆえに私たちは、神の栄光を表すための私たちとして日々新たにされる必要があるのです。そして、この軌道修正は、私たち人間の力によるのではなく御霊の御業によって成されるものなのです。

 突然の不幸に見舞われると私たちはこころを騒がせてしまいます。そんな時こそ、信仰を持って主を信じる事です。私は以前「来週から仕事に来なくていい」と言われ、一体どうやって生きていくんだ?!と厳しい状況に追い込まれた事がありました。その時、一日一章から示されたのが次のみことばでした。

「すべての事はあなたがたのためであり、それは、

恵みが益々多くの人々に及んで感謝が満ち溢れ、

神の栄光が現れるようになるためです。」

IIコリント4:15)

「すべての事は」と主が言われるのだから、この失業さえも、神様ならきっと恵みに変えてくださり、感謝を満ち溢れさせてくださり、栄光を表してくださると信じます!と、このみことばを握ったら、それから4日後に新しい仕事が与えられました。

「ですから私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。」(IIコリント4:16)

3.祈りの必要を認めよう!

 主は私たちが祈る以前から私たちの必要をご存知です。でも、私たちが御前にへりくだって祈る事を望んでおられます。私たちがこころから悔い改めて、主に訴え、主を求めてほしい、主とコミュニケートしてほしいと願っておられます。あなたはいつも祈っていますか? 「祈らない事は最大の損失である。」祈りは聖霊が導いてくださいます。上手に祈れないなどと考える必要はありません。「イエス様はすべての事をご存知です。私を助けてください。私を導いてください。あなたの栄光を現してください。」まずは、こう祈ってみましょう。さらに私たちには祈りの仲間がいます。こんな者の為に祈ってくださる方がいる・・・感謝な事です。ひとりではない! 一緒に祈りあえる仲間がいる!神の家族が一緒にいる! ですから、益々神様の御前にへりくだって、常に祈る者へと変えられましょう。

 

「どうか、望みの神が、あなた方を信仰による全ての喜びと平和を持って満たし、聖霊の力によって望みをあふれさせてくださいますように。

 私の兄弟たちよ。あなた方自身が善意にあふれ、すべての知恵に満たされ、また互いに訓戒しあう事ができることを、この私は確信しています。ただ私が所々、かなり大胆に書いたのは、あなた方にもう一度思い起こしてもらうためでした。」(ローマ151315)

 

インターナショナル・ジャパニーズ・キリスト教会 冬木友博牧師

International Japanese Christian Church 20107月25日聖日礼拝 Message