『神様を第一ボタンに生きる素晴らしさ』 (マルコ12:29-31)
ある方がこんな文章を新聞で見つけましたとシェアーしてくださいました。「だれだって、いくつになってもチャレンジはある。三振しない人はホームランを打つことはできない。どんな困難な時でも夢を忘れてはいけない。チャンスは逃げない。逃げるのは自分だ。」人生を応援してくれるような、心に響くことばというものを皆さんはお持ちでしょうか?私にも人生の中で出会った大切なことばが二つあります。一つは「こつこつ勝つコツ。」今主から与えられている仕事を主に感謝してこつこつ働く。私はビジネス牧師としてビジネスをさせていただいていますが、この三ヶ月休みを取っていません。決して良いことではありませんが、状況が許さず、休み無しの生活が続いています。こつこつ勝つコツで、一つ一つ積み上げています。こつこつやっていると、台風も、大きな問題も通り過ぎて行って、自分は前に進んでいます。もう一つのことばは、わたしがクリスチャンになる前に十年間修行をさせていただいた方からもらったことばで、「絶対に世の中で失敗しない方法がある、それは絶対にあきらめない事だ。」周りがどう見ても、人がなんと言っても、自分が諦めなかったら、それは失敗じゃない、という事です。今の私の使命は聖書のことば−2千年、4千年前に書かれたことばを、皆さんの日々の生活に生かすことばとしてお伝えする事です。諦めない限り、こつこつ勝つコツで続けていけば、豊かな実りを刈り取る事ができると信じます。
ところで、自分の人生、何かしっくりしない。何をやっても今ひとつ。そんな時がもしきたら、その時に「何のために生きてるんだろう?」と一度ストップして考えてみるのはとても良いことだと思います。私も十年前、それでこの教会にくるようになりました。もっと、話が聞いてみたい。聖書は何を言いたいのだろう?神のことばを真摯に求めるのは、何よりも良いことです。さあ、今日も聖書のことばに耳を傾けて、神様の語りかけをじっくり心で受け止めたいと思います。今日の箇所は、イエス様が最も大切な戒めとして挙げられた二つのことについて語られている聖書の中でも大変重要なところです。
イエスは答えられた。「一番大切なのは、これです。『イスラエルよ、聞け。我らの神である主は、唯一の主である。心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』次にはこれです。『あなたの隣人を、あなた自身のように愛せよ。』この二つより大事な命令は、他にありません。」(マルコ12:29−31)
皆さん、こんな経験をされたことはありませんか?第一ボタンを掛け違えている事に気付かずにずっとおしまいまできて最後のボタンを閉めたら、あれ、なんか変だ、これじゃだめだ、と、ちぐはぐなボタンを全部はずしてやり直した、なんていう経験。クリスチャンになる以前の私は、神様を第一にしていませんでした。「ゴーイングマイウエイで何が悪い、黙ってオレについて来い」と仕事第一のモーレツビジネスマンでした。今後ろに父が座っていますけれど、神様第一の自分に変えられていなかったら、父とは生き別れのまま、親子の断絶は一生続いていたでしょう。それに、私は酒の飲みすぎで確実に今頃死んでたと思います。中国で千人の従業員を養って大きな事業を抱えていましたから、毎晩強い酒を飲まずにはいられない、五年間気違いのような生活をしていました。しかし、神様に第一ボタンを留めたことによって、父親との関係は修復されました。60度の強い酒をストレートで乾杯して商談を進める、そんな生活から解放されました。夫婦の関係は、骨まで愛するようになって、子供たちとも本当に良い関係を築く事ができています。心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、神である主を愛したら、後は神様に対して無責任でいいんです。ゆだねればいいんです。問題がいっぱい、という方がおられるでしょうか?
ワイヤーの束がぐちゃぐちゃにこんがらがってほどけない様子をイメージしてください。もうお手上げ、という感じに複雑にこじれていても、一番端を持って、それを根気よく振ってあげると、時間はかかるけれど、だんだんと全体的にバランスよくほどけてくるんです。あなたの問題、もう修復不可能に思えるような問題を、今神様にゆだねてください。神を愛する人には、責任を持って神様ご自身が、問題の端をしっかり握って揺さぶって解決に導いてくださいます。だれの人生も問題が無いわけではありません。クリスチャンになっても、問題はいくらでもあります。でも、信頼してゆだねるお方がいる。私たちが寝ている間も、私たちのワイヤーの端を持ってほどき続けてくださり、ちょうど良いときに解決を見せてくださる主がおられる、そのことを今日覚えたいと思います。
聖書を読み、祈り、神様からの語りかけを聞く、デボーションを聖別して守るのは、クリスチャンの生命線ですが、私たちの教会のラリーさんは、朝4時に起きて神様との時をもっています。そのラリーさんが、先日こんなシェアーをしてくださいました。ガラテヤ5章22-23の御霊の実について、神様からこう示されたそうです。「始めの三つ、愛・喜び・平安は、神を愛する者には神様から無償で与えられる、永遠に消える事の無い実である。次の三つ、寛容・親切・善意は、神からの愛や喜びや平安を受けているゆえに自分の力によらず私たちから隣人に与えることのできる実である。そして最後の三つ、誠実・柔和・自制は、始めの六つの実を前提として、私たちが神様に対してとる態度に現れる実である。」誠実とは心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして誠を持って神様を愛する態度です。柔和は神様に忠実に仕える態度です。そして自制とは、神様に喜ばれない罪や悪い習慣を絶つ、誘惑から逃れる、そういう生活態度です。神様を第一とし自分をきよく保つ為に努力するということは大変重要な事です。ラリーさんは誘惑にかられないように、家にはコンピューターは置かず、夜8時には寝るそうです。
「キリスト・イエスにつくものは、自分の肉を、さまざまの情欲や欲望と共に、十字架につけてしまったのです。」(ガラテヤ5:24)
最後に、梨本勝さんのことについて、お話させてください。6月に肺がんが発病してわずか2ヶ月で亡くなりました。実は、これは私が若いころ梨本さんと一緒にとった写真ですが、以前親しくさせていただいて一緒にゴルフに行ったりしていたのですが、最近ずっとご無沙汰していました。実は、神様から連絡を取りなさいと言われながら、私はそれを先延ばしにして福音を伝えなかったのです。今その事を本当に後悔しています。聖書ははっきり言っています。いのちの書に名が記されていなかったら天国には行けないと。この世の成功も大切だろうけれど、肉体が滅びた後の永遠をどこで過ごすか、それを考えたら、私たちは自分は天国行きの切符を持ってる、で満足できないはずです。自分の子供たち、親、兄弟、親戚、友人、職場の人、隣人の皆さんに、是が非でも福音を伝えないといけない、そう思います。私がなぜ牧師になったかというと、天国と地獄は意思の疎通ができる、でも、行ったり来たりできないということを知ったからです。地獄から友人知人に「どうしてあの時教えてくれなかったの?どうして天国に招いてくれなかったの?」と言われたくありません。だから私は天国に何人連れて行けるかに命をかけよう、そう決めたのです。あなたは誰と一緒に天国に行きたいですか?皆さんのやるべきことは、その人に福音を伝える事です。何のために神様から生かされているのか、生きる意味を是非真剣に考えていただきたいと思います。
インターナショナル・ジャパニーズ・キリスト教会 中林義朗牧師
International Japanese Christian Church 2010年9月5日聖日礼拝 Message