「主にある交わりの始まり」(ルカ19:1〜10)
「私達の交わりとは、御父および御子イエス・キリストとの交わりです。」(Iヨハネ1:3)すなわち、私達クリスチャンは日々神様と交わる関係にある者です。さらに、「私達が罪人であった時、キリストが私達のために死んでくださったことにより、神は私達に対するご自身の愛を明らかにしておられます」(ローマ5:8)から、私達は「キリストが神の栄光の為にわたしたちを受け入れてくださったように、あなた方も互いに受け入れなさい。」(ローマ15:7)という御言葉に従って、互いに受け入れあって主にある交わりに歩むものでありたいと願います。今日は、主にある交わりを始めるにあたって、どのようにしたら人を受け入れる事ができるかを、イエス様の模範から学んでみたいと思います。
1.ありのままに受け入れる。
イエス様が受け入れたザアカイは、取税人のかしらで人々から罪人と見なされさげすまされていました。人から不正にお金を巻き上げ、物をだまし取っては私腹を肥やしている罪人のザアカイを、イエス様はありのままに受け入れてくださいました。
2.かけがえのない存在として受け入れる。
しかも、「ザアカイ。急いで降りてきなさい。今日は、あなたの家に泊まることにしているから。」と、名指しで呼び止め、大切な一人として認めてくださいました。
3.行いではなく、存在自体を受け入れる。
イエス様はザアカイの行いを見て彼を判断したのではありません。ザアカイという存在そのものを、行いに関係なくすでに受け入れてくださっていました。なぜそのような事ができるのでしょう? イエス様は、誰でもイエス様と交われば必ず変えられるという事をはじめからご存知だったからです。事実、大喜びでイエス様を迎えたザアカイは、「主よ。ご覧ください。私の財産の半分を貧しい人たちに施します。又、誰からでも、私がだまし取ったものは、四倍にして返します。」と言いました。主に招かれ、主を受け入れ、主と交わり、喜びでいっぱいになったザアカイは、イエス様の愛にふれられたとたん、自分も愛の行為をする者へと変えられたのです。人々から軽蔑されていたあのザアカイがこんなにも変えられたのは、彼の行為を裁く事も人々の評判を気にする事もしないで、大胆にザアカイに近づいて行って彼そのものを受け入れたイエス様の勇気ある行動があってこそでした。
あなたが受け入れるべき人は誰ですか? その人は家庭にいますか? 学校や職場、もしかしたら教会の中にいるでしょうか?
あなた自身は、すでにイエス様からありのまま、かけがえのない存在として、行いでなく存在自体を、受け入れられています。驚くべき恵み、なんという喜びでしょう! その喜びにあふれて、イエス様の愛に満たされて、主にある交わりをはじめてみましょう。まずあなたの回りにいる小さい人を、行動をもって受け入れてみませんか?
「まことに、あなた方に告げます。あなた方が、これらの私の兄弟達、しかも最も小さい者たちのひとりにしたのは、わたしにしたのです。」(マタイ25:40)
インターナショナル・ジャパニーズ・キリスト教会 冬木友博牧師
International Japanese Christian Church 2009年9月6日聖日礼拝 Message